介護事故

介護事業主は利用者に対し、その能力に応じて具体的に予見することが可能な危険からその生命及び健康等を保護するよう配慮すべき義務、すなわち「安全配慮義務」を負っています。介護事業主がこの安全配慮義務に違反したことによって利用者の生命・身体に損害が生じた場合、介護事業主は損害賠償義務を負うこととなります。ではここでいう安全配慮義務とは、具体的にどのような義務なのでしょうか?介護施設内での事故件数の首位を占める「転倒・転落・滑落」 にまつわる裁判例を見ていきましょう。

1、事案の概要及び争点に対する判断

大阪地裁平成29年2月2日判決(判例タイムズ1438号172頁)では、特別養護老人ホーム入所者(要介護2)が深夜一人でトイレに行こうとした際に転倒して頭部を負傷し後に死亡した事案について、事業主側の安全配慮義務違反の有無が争われました。具体的には①転倒の予見可能性があったかどうか、②転倒の結果回避義務違反があったかどうかが主たる争点となりました。

①(転倒の予見可能性)については、事業主側は職員からトイレに行く際にはナースコールを行うよう求めていたものの、職員は当該入居者が一人でトイレに行き続けていたことを認識していたこと、当該転倒事故の19日前にも当該入居者がトイレに一人で行こうとして転倒していたこと等の事情が認定され、事業主は今後も当該入居者がナースコールをせずに一人でトイレに行きその際に転倒することについて予見可能性があったと認定しました。

②(転倒の結果回避義務違反)については、事業主側が離床センサーを設置していれば当該入居者がナースをおさずに一人でトイレに行こうとした場合に、居室に駆け付け当該入居者が転倒しないよう見守ることができたとし、事業主側の結果回避義務違反ありと認定しました。

そして、①②の認定の結果、事業主側に安全配慮義務違反があるとされ、損害賠償請求が(一部)認容されました。

2、裁判例を踏まえた検討

この裁判例のように、安全配慮義務違反の有無は、①予見可能性の有無、②結果回避義務違反の有無の2点から判断されます。

そして、この裁判例のように、当該入居者が事業主側からの指示(トイレに行く際にはナースコールするよう求めていたこと)に従っていなかったにもかかわらず、予見可能性及び結果回避義務違反が認定され、事業主側の責任が認められてしまうことがあるのです。

一般に、転倒に関するヒヤリハット事案等が発生している入居者については、将来も転倒する予見可能性が認められるおそれが特に高いといえます(もしも上記裁判例の事案で、当該入居者が一人でトイレに向かうことや転倒したことが一切なかった場合には、結論を異にしていた可能性が高いです)。転倒に関するヒヤリハット事案等が発生した利用者については、どのような状況においてなぜ転倒が発生した(又はしそうになった)のか職員間で情報共有を図り、早急に人的・物的対応をとる必要があります。

上記裁判例では離床センサーを設置していなかったことが、結果回避義務を尽くしていなかったとの判断につながりました。そして、判決文では、離床センサーが転倒防止に役立つことが学会で発表されて5年以上経過していることにも言及されています。このように、予見される危険に対し具体的にどのような対策(結果回避義務)をとるかは、その時々における業界・学会で標準化されている方法としてどのようなものがあるのかを把握した上で、実現可能かつ実効性がある方法を選択することが重要です。